母の杞憂(きゆう)

愛の呪文を唱えながら 母は
玉のような希望を産み落とした

大きくなぁれ 早く
大きくなれば
すぐに三輪車に乗れるようになる

転んじゃいけないよ
いったん躓(つまづ)くと
際限もなく堕落しちゃうから

小さくなろうね もっと
小さくなれば
それだけ世間の冷たい風に当たらなくなる

優しい白熊の言葉に 騙されないだろうか
狼の腕力に負けて監禁されないだろうか

気をつけな
安易な「出生」には
地獄の苦しみが待っているものなんだよ

年ごとに加算される気苦労
母は日ごとにやせ細って
ついには体重を失ってしまった

母の日に届いた
一輪の紅いカーネーション

残像

忘却に蝕(むしば)まれていないだろうか
鮮度を失っていないだろうか
遠い記憶

少年期の草原があった
希望が咲き乱れた憩いの場所だった
槌音が響きわたって
高層ビルの新都市になった

緑豊かな森に出あった
小動物たちとキノコの採取に没頭していた
が 部落どうしの諍(いさか)い
地中のミミズになったぼくは 時間の塊を徒食して暮らした

彼女ができた
たがいに盲目となって 愛し合った群青色のひととき
眼を開ける と
幸福の島々がぶつかり合い 
泡になって沖合いへと消えていった

孤独なクジラになった
物悲しく潮を吹き上げながら 大海原を泳いでいた

どこか どこかへ
どこか違うどこかへ
扉を探して さ迷った日々だった

遠い記憶
手を伸ばすと ためらいながら現われる
引っこめると そっけなく消える
遠のいてゆく残像

折々の景色

無精ひげを枯らして
森が怠惰に寝そべっている

その日 快晴
樹々の音合わせを合図に
せめぎあって飛び立つ花びらたち
そよ風を舞いながら
草原のかなた かなたへと…

華麗な演奏がはじまる
お 見渡す限りの
ひまわりが踊りだした
ひとときの宴

やがて 秋の日の吐息が
ひとつ
またひとつ 
蒼空に足跡を残して流れていった

季節がわななく
樹々が
身もだえしながら衣裳を脱ぎ
朽ちる位置を探して横たわる

風景がとっぶりと褪せていった
木陰に目覚めた悪霊が
森からの脱出をしきりに窺っている

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ジャンル : 小説・文学

あの音

なにかがない と気づいた
麦藁帽子から
絶え間なく聴こえていた あの妙なる音
そうだった
過ぎし日 七夕列車の網棚に載せた あの音
いま どこを走っているのだろう

帽子へ 帽子の中へ
探索の旅に出た

脳みそを脱いで北極星に吊るすと
ああ 涼しい風だ
空っぽになった頭のなかを
そよ風の物語が吹き抜けていく

(あれから幾光年も経ってしまった)

宇宙の帽子から
微かにこぼれてくる あの音
列車はいま どこを走っているのだろう

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ジャンル : 小説・文学

遠い近景

遠吠えの敵とばかり戦ってきたので
ひどい遠視になってしまった

あっ 老樹に不良少年がよじ登っているのが見える
またなにか 悪事を楽しむつもりだ
胸奥につらい記憶を仕掛けて逃げていった

永遠の恋人像を幹に吊るして
ひねもす ニュートンになっていたが
いくら待ってもパンティが落ちてこない
地球もだいぶ老化してしまったらしい

どんなに疼いても
その樹は抜かないでもらいたい
大地に繋がる遺された一本だから
流浪の魂の 最後の砦なのだから

どこから忍び込んだのだろう
誰かが 横臥するわたしに腰掛けて一服点けている
どうやら ひと仕事終えたようだ

暗黒のムーンヴァレーよ 霧の波止場よ
掌をかざすと
あ 虚実の方舟が待っているのが見える
満員の魂たちが
息をひそめて わたしの到着を待っている
  

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プロフィール

toruta

Author:toruta
・1934(昭和9年)8月 東京生まれ
・1992(平成4年)3月 詩集「仮面中毒」上梓
◇詩空間は「青年」の発信広場。すこし齢を重ねましたが、私の「青年」はいま真っ盛りです。
◇私は敗戦後70年を遍歴した者として、身近にこぼれた諸現象を、腰を屈めてたぐっていきたいと考えています。

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