母への挽歌


急を聞いて駆けつけた 永い闘病だった。
母は部品ごとに分解されて 病室に展げられて
いた。優しかったその眼孔は 自分の涙で融け
てしまっていた。
母を引きとった僕は 蘇生させようと 部品の組
み立てに熱中した

母は締りのない蛇口だった。僕に基準値を超え
た愛をつぎ込んだ。かと思うと 凪(なぎ)と時化
(しけ)が交互に発生する港だった。
予告のない叱責がガラス窓を破って飛んできて
何度も僕に失禁させた。

この暑さのなか 裸の女性がブランコに揺られて
いた。そのとき 突かれたように母の豊かな乳房
を思った。なぜかそれは いつも湿っていた。

母は夜行性の動物だった。毎夜 遅くまで家事や
内職に忙殺されていた。 そのあげく僕を宿した。
僕がイリオモテヤマネコを懐かしく思うのは そこ
に母を見るからだった。

結局 母を蘇生できなかったが 追想を秘めた部
品は 僕自身に移植した。だから 母を荼毘にふ
して以来 僕らはずっと 共に生きている。
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「影」の魔力


きらめくネオンに酔った帰り道
気づかぬまま
長々と延びる影に
たぐられてしまった
山裾へ 森の奥へと

影を踏む そのたびに
自分の影が背後に消えて
薄くなりながら従いていく

大地のツボに耳を当てつつ
慎重に 一歩 一歩
秘密のゾーンに近づいていく影

そこで
かぐや姫を夢見る白い乙女たち
射し込む月のかけらを
宝石箱に集めて培養している
老婆になったのも気づかぬまま

そこに 押しこまれた行方不明の人たち
失った各自の影を頼りに
この先 いかに生きるべきか
または いかに逝くべきか
毎日 毎時 毎秒
討論をつづけている
過ぎゆく世紀を忘れ果てて

煌々と冴え渡る月光が
森の体温を奪っていく
徐々に
影の魔力をいっそう濃くしながら

わが家族


わが父は
栄光のサファリー・ラリーに出場して はや百年
まだゴールインしていない

母は
呑んだくれの塵となって
宇宙の淵をさ迷いつづけている

妹は
むかし むかしの大昔
幼稚園の遠足で竜宮城へ行ったきりだ

兄は
家族を探索する支度をしているうちに
昨日 九十九歳で逝ってしまった

おれは と言えば
散髪のあと 
そのまま象の密猟に出かけた が

猛獣どもに
身ぐるみを献体
腸内を さんざん散策したあと

オアシスのほとり
ほくほくと湯気を立てながら
父と遺恨の碁を打っている

寡黙にひろがる鰯雲が
夕陽に染まって
ゆっくりと 流れている


強制執行

深夜 激しいノックの音がした
宅配便だろうか
峨が一匹 玄関に落ちていた

ひそやかに内臓に飼っていた小虫が
春秋を喰い散らかして
がぜん 病院へ行けと強要しはじめた

病人 ぞくぞく
遺体 つぎつぎ

見舞い客・客が観光バス・バスで駆けつける
ご先祖代々への伝言 山ほど抱えて

あれぇ? 医師が深々とこうべを垂れた
家族が手分けして走り出した
(おいおい おれはまだ…)

恐れるな 怖がるな
この世に生れ落ちたとたん
だれでも あの世ゆきを予約したのだから

式典ぼそぼそ
あの世に先着した男が 自分の生中継を見入っている
鼻毛を何本も抜きながら

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冬いろ

だれが雪を白いろときめたのか
雪は雪いろ

盲目の少女の瞳に降りしきる小雪
萎えた眼窩(がんか)に小指を遊ばせながら
彼女は冬を耐えた

だれが恋をバラ色とよんだのか
恋は恋いろ

見知らぬ王子への愛を書き上げたころ
季節めぐりてまた冬がきて
木枯らし広場に一人 とり残された彼女

とめどなく降りかかる失意をぬぐって
ようやく迎えた静謐のひととき

少女は陽だまりにうずくまり
あすの小指に
爪いろのマニュキアを塗りはじめる

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ジャンル : 小説・文学

プロフィール

toruta

Author:toruta
・1934(昭和9年)8月 東京生まれ
・1992(平成4年)3月 詩集「仮面中毒」上梓
◇詩空間は「青年」の発信広場。すこし齢を重ねましたが、私の「青年」はいま真っ盛りです。
◇私は敗戦後70年を遍歴した者として、身近にこぼれた諸現象を、腰を屈めてたぐっていきたいと考えています。

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