あの日


とっぷりと暮れた
ゴミ捨て場のある裏路地
ようやく「非正規」に就職した娘が
家路を急ぐ
初給与で買ったケーキを提げて

暗闇のなかの
捨てられた数台のテレビ
音もなく
エンドレスで
モノクロ画像を垂れ流している
凄惨な沖縄戦の実録

40ワットの電灯のもと
親子三人
時給一時間分を味わっている
重い記憶を辿りながら

あの日 六月二十三日
すべてを失い 終った日
新たな苦難が はじまった日
ほとんどの日本人が 忘れ去った日
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突風吹いて


人は 記憶の狭間に
なんと多くの悔恨を
置き去りにして来たことか
時として
彼らが突風となって
人々の背を叩きつづける

ならば よし
記憶のあちこちに罠を仕掛けて
一網打尽
生け捕ってしまおう

採集された悔恨たち
隙間だらけの謙遜ごっこ
渦巻いたり
増殖し合って
吹き溜まったり

とっぷりと暮れゆく街角
悔恨たちを満載した突風が
次々と
記憶の国境から吹き出ていく

新たな悔恨を抱えた人々を
置き去りにして

「婦」


朝な夕な
共に
幸せを編んできた夫婦だった

粗雑な時代に阻まれて
身も 心も 財も
徐々に 劣化していった

国の標準世帯は
『夫婦と子ども二人』だが
「夫」と「子ども二人」が脱落して
「婦」だけが…

「婦」だけの単身世帯が
この国の標準となって
全国が
老いの分布図に染められていく

やがて
納期が 迫ってきた
たおやかに夫と編んだ歩みが
毛糸玉に戻ってしまう
彼女自身の納期が

泰然と
今日も 彼女は
「今日」を編みつづけている
夫と過ごした春秋を
ひと目 ひと目
追憶を込めて 絡めながら

ある晩年



止むことのない雨
豪雨になって

やっと だった
渾身 願い 祈り
やっと 
夫を永遠の旅路へと送り出し
彼女も 決然と徘徊の旅に出た

ここはどこ?
わたしは?
出口は?

今日も また
あすも また

夕焼け はるか
晩鐘が そっと
余韻を乗せて漕ぎ寄せてくる
胸に両手を合わせる と
全身に万感の潮が満ちてきた

喜びの
悲しみの
あのとき あの頃

だれでも独り ホームレス

彼女は シワだらけの心身を拭って
安堵の波間に 
裸身をゆったり ゆったりと横たえた

廃屋


歳月を齧るうちに
脳みそも一緒に頬ばってしまった

占いをし過ぎて
水晶玉も混濁してしまった
天国が逆さまに霞んで見える

泣けるかどうか 鏡に泣いてみる

肋骨に蔦がからまっている
掻き分けて覗きこむと
こころざしが
満帆のまま錨を下ろしている
(なんだ そこに居たのか)

わだかまりが腫れて
掻けば掻くほど
あ 剥がれてしまった
目玉が 頭髪が…

ころげ落ちた頭蓋の広場で
大観衆が
床を踏み鳴らしてゴスペルを歌っている

庭師を呼んでくれ
脳細胞を剪定してくれ
プロフィール

toruta

Author:toruta
・1934(昭和9年)8月 東京生まれ
・1992(平成4年)3月 詩集「仮面中毒」上梓
◇詩空間は「青年」の発信広場。すこし齢を重ねましたが、私の「青年」はいま真っ盛りです。
◇私は敗戦後70年を遍歴した者として、身近にこぼれた諸現象を、腰を屈めてたぐっていきたいと考えています。

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